非衛生的少年

私は1975年8月18日に東京都で生まれました。
幼少時代は学校の机の中にいつも『カビたパン』が入っているような子供で同級生から『カビパン』という不名誉なアダ名までいただきました。
そして毎日、サッカーを泥だらけになるまでやり続けるような、衛生面が重視される歯科医師とは対極にある少年でした。
そんな、ワンパク小僧にある日、転機が訪れました・・・。

港十六団伝説の男

あまりにもワンパクすぎる(汚すぎる?)私の規律を正そうと、
小学校3年生の時、母に無理やり区の『ボーイスカウト』に入隊させられました。
私の配属は港十六団の五組でした。
組織で動くボーイスカウトでは何をやるにも、組ごとに作業を行い、それが今の医院での組織作りの礎(いしづえ)となり、徹底した滅菌体制をとっているのでしょう。

ボーイスカウトではよく団員でキャンプへ行くのですが、毎回、頑張った人をたたえる表彰式がありました。
クリーン賞・スマート賞・スピード賞の三つの賞があり、当時の私には全く該当しない賞ばかりでした・・。

しかし何とか一つでも受賞したいという思いから、2年間の間、意識をして自己改善を図り、団員を辞める前の最後のキャンプで三つの賞を全て獲得し、さらに最優秀組、そして何と最優秀ボーイスカウトという称号までいただき、その時ばかりはあまりに嬉しくて涙がこぼれました。おそらくあれが生涯で初めて流す『嬉し涙』ではなかったでしょうか。

中学生で『ストライキ』デビュー

中学校から千葉県の山奥にある、全寮制の男子校へ通うことになりました。
思春期を男だけで暑っ苦しくも、楽しい時代でした。

学校が帰国子女の生徒が多いこともあり、考え方や行動が突拍子も無くエキセントリックでした。

ちょうど世間では『スタンド・バイ・ミー』が流行っているそんな時期、自分達も自己を主張思いっきりしたいという想いが募り、学校の体制に不満ばかりを言ってました。ある日事件は勃発します・・・

不満な思いを体現しようと、仲間内10人位で、『山中での立てこもり』を突如敢行しました。
辺り一面森に囲まれた学校だったので、山でキャンプを張り、理不尽な学校側に対し、自分達の意見が通らない限り、決して山からは下りないと誓いを立て自給自足の生活が始まりました。

親や先生達が山中を探し回るのを避け、拠点を転々と移動しておりましたが、5日間たって、子供なので、飽きてしまったのか、ちょっと大人たちを困らせたかっただけだったのか、5日後に山から投降しました・・・・もちろんその後はこっぴどく叱られました。
周りの迷惑を考えず突っ走ってしまう思春期でしたが、
あの体験で周りの人がどんなに自分のことを思ってくれているか痛感させられました。

良く学び、熱く叫んだ大学時代

『どうしても歯医者になりたい』というような大きな夢も正直なかったですが、いつも背中を見てきた父が歯科医だったということもあり、東京の歯科大に進学することになります。

大学では、部活動に打ち込んでいました。
サッカー部に所属して、毎日仲間と汗を流して、流した汗の分だけビールで水分補給をするような日々でした。
大学4年の時はサッカー部で主将を務める傍ら、応援団の団長もしておりました。

歯科大では5年生から実習が始まるのですが、徐々に歯科医療に興味を持ちそして『熱中』する様になりました。

『理想の歯科医院を造る』

卒業後は、埼玉県にある歯科医院に勤務する傍ら、様々な学会やセミナーに参加をし、日々技術の向上に努めてまいりました。

他の歯科医院の現状を知るために、その後都内のISOを取得しているとてもシステマティックなクリニックに勤務をして、現場力を磨いておりましたが、
『どんな患者にもその方にあった、最善の治療を提供したい』
という強い思いから、歯科業界では少し早いですが30歳の時に、独立して開業致しました。

開業後も、多くの勉強会に参加させていただき、さらなる技術の向上に努めておりますが、一番多くのことを学ばせていただいているのは
私をサポートしてくれているスタッフ達と、そして何よりも当医院にお越しいただいている多くの『患者様』方
からです。

そんな皆様にさらに喜んでいただき、また多くの『感動』をご提供できる様これからも日々楽しみながら、向上してゆく次第です。